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東京地方裁判所 昭和41年(ワ)5060号 判決

破産者島谷栄二郎破産管財人

原告 石井正一

被告 山根勇市

〈ほか一名〉

右被告両名訴訟代理人弁護士 小谷薫

主文

原告の被告山根に対する否認の宣言を求める訴を却下する。

原告の被告山根に対するその余の請求、被告全東京金融協同組合に対する主位的請求、および予備的請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、「昭和三十八年十月二十三日、島谷栄二郎と被告山根間に結ばれた別紙物件目録記載の各土地の売買契約は、これを否認する。被告山根は原告に対し、別紙物件目録記載の各土地についてなされている別紙登記目録(一)記載の登記の各抹消登記手続をせよ。被告全東京金融協同組合は原告に対し、別紙物件目録記載の各土地についてなされている別紙登記目録(二)の(1)ないし(3)記載の各登記の各抹消登記手続をせよ。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、「(一)、昭和三十九年十一月十四日午前十時、東京地方裁判所が島谷栄二郎に対して破産宣告をし、原告がその破産管財人に選任された。(二)、島谷は昭和三十八年四月、タイプライターによる印刷業を目的とする日本プロタイプ製版印刷株式会社(以下「日本プロタイプ」という)を設立し、その代表者として、その経営に当っていたが、右会社は設備資金、運転資金なくして発足したため、当初から高利の金融を受けていたので、昭和三十八年八、九月頃すでに経営に窮し、その振出手形を期日に決済することができず、利息の一部を支払うことなどによって、しばしば手形を書替えて、営業をしていた。このような状態であったため、島谷個人の債務もかさみ、同年十月頃には島谷個人も完全に債務超過となり、破産状態となっていた。このような状況のまま推移すれば、日本プロタイプが破産必至なることを知った島谷は、右会社を会社更生法によって再生さすべく、昭和三十八年十月二十四日、東京地方裁判所に対して会社更生法による申立をしたが、この申立は結局成功しなかった。(三)、他方、日本プロタイプ、および島谷に対する債権者らは、右会社が再起不能であり、島谷個人もその債務を決済できないことを見透し、債権者の一人である広田権三が昭和三十九年一月二十七日、東京地方裁判所に対して日本プロタイプ、および島谷に対する破産宣言を申立てた結果、同年十一月十四日午前十時、右両者に対する破産宣言がなされた。(四)、右(二)、(三)のとおりの事情から、島谷は、その財産を処分すれば破産債権者を害することを知りながら、予ねてからじつ懇の間柄であり、右(二)、(三)の事情を知っていた被告山根に対して、昭和三十八年十月二十三日、島谷所有の別紙物件目録記載の各土地(以下一括して「本件土地」という)を売渡し、別紙登記目録(一)記載の登記を経由した。(五)、昭和四十年七月一日、被告山根が経営する山市産業株式会社が被告全東京金融協同組合(以下「被告組合」という)と証書貸付、手形貸付、手形割引契約を結んだ際、被告山根は右各契約に基く山市産業株式会社の被告組合に対する債務を担保するため、被告組合との間で、本件土地について、被担保債権元本極度額二百万円、遅延損害金日歩八銭二厘の割合とする共同根抵当権設定契約、前記各契約に基く債務の不履行を停止条件とする代物弁済契約、前記各契約に基く債務の不履行を停止条件とする、賃料一箇月坪当り十円、支払期毎月末日、存続期間効力発生の日から満三箇年、賃借権の譲渡、賃借物の転貸ができる、という賃貸借契約を結び、これに基いて、別紙登記目録(二)の(1)ないし(3)記載の各登記を経由したが、被告組合は、右の各契約を結んだ際、被告山根の本件土地所有権取得には、否認の原因があることを知っていたものである。(六)、原告は本件訴状によって、島谷と被告山根間の前記(四)の本件土地売買契約、被告山根と被告組合間の右(五)の根抵当権設定契約、停止条件付代物弁済契約、停止条件付賃貸借契約をそれぞれ否認する意思表示をし、本件訴状は被告山根、被告組合に対して、いずれも、昭和四十一年六月十一日に送達された。(七)、よって、原告は前記のとおりの判決を求める。(八)、仮に、被告組合が被告山根と前記の各契約を結んだ際、被告山根の本件土地所有権取得に否認の原因があることを知らなかったとしても、島谷と被告山根間の本件土地売買契約は、右両名の通謀虚偽表示であり、無効であるから、被告山根は本件土地所有権を取得しておらず、したがって、被告組合は、被告山根との前記の各契約に因っては何らの権利も取得できなかったものである。被告山根は、同人の妻山根とし子が島谷に対して百八十万円の貸金債権を有していたので、島谷がその弁済資金を得るために本件土地を被告山根に売渡したものであると主張するが、実際には、山根とし子は島谷に対して右のような貸金債権を有していなかったのであり、したがって、島谷がその弁済資金を得るために本件土地を被告山根に売却するという必要も実際にはなかったのであるから、島谷と被告山根間の本件土地売買契約は仮装行為である。したがって被告組合のためになされている別紙登記目録(二)の(1)ないし(3)の各登記は、いずれも実体上の権利変動なくしてなされた無効の登記であるから、原告は被告組合に対してその抹消登記の申請を求める。」と述べ(た。)証拠≪省略≫

被告ら訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、「(一)、原告主張の請求原因(一)の事実は認める。同(二)の事実のうち、島谷栄二郎が日本プロタイプを設立したことは認めるが、その余の事実は知らない。同(三)の事実のうち、島谷に対して原告主張のとおり破産宣告がなされたことは認めるが、その余の事実は知らない。同(四)の事実のうち、昭和三十八年十月二十三日、被告山根が島谷から本件土地を買受け、別紙登記目録(一)記載の登記を経由したことは認めるが、その余の事実は否認する。同(五)の事実のうち、被告組合が、被告山根の本件土地所有権取得について否認の原因があることを知っていたということは否認するが、その余の事実は認める。(二)、島谷と被告山根間で本件土地が売買されるに至った経緯は、次のとおりである。(1)、昭和三十八年三月十二日、島谷は被告山根の妻である山根とし子との間で、債権元本極度額を二百万円とする手形取引契約および右契約に基く島谷の債務を但保するため、本件土地について共同根抵当権を設定する契約を結んだうえ、翌三月十三日、山根とし子から、百八十万円を、弁済期を同年九月十二日として借受け、翌三月十四日、本件土地について右根抵当権の設定登記を経由した。(2)、ところが、島谷は右借受金を約定弁済期が経過しても弁済できなかったので、その弁済資金入手のため、本件土地を被告島谷に代金百八十万円で売渡し、これによって、山根とし子に対する右借受金を弁済したのである。右のような経緯で島谷は本件土地を被告山根に売渡したのであるから、売渡しの際、島谷には本件土地の売渡しが他の債権者を害するものであるという認識はなかった、(三)、仮に、島谷が本件土地を被告山根に売渡さないままで、破産宣告を受けたとしても、前記のとおり山根とし子が本件土地について根抵当権の設定を受けていたから、同人が別除権を行使して、前記の貸金債権の弁済を受けることができるのであり、本件土地は、島谷が昭和三十五年八月二十日に代金百三十五万円で東拓伊豆開発株式会社から買受けたものであることからすると、その競売価額は、被担保債権額である百八十万円に達しないものと考えられ、したがって島谷が本件土地を被告山根に売渡さなかったとしても、他の債権者は何ら得るところはなかったであらうと考えられる。右の点からみても、島谷が本件土地を被告山根に売渡した際、他の債権者を害するという認識がなかったことは明らかである。」と述べ、抗弁として、「仮に、島谷が被告山根に本件土地を売渡した際、右売渡しが他の債権者を害することを知っていたとしても、被告山根は、その買受けが他の債権者を害するということは全く知らなかった。被告山根は、島谷から、同人の前記の山根とし子に対する債務弁済のために、本件土地を百八十万円で買受けるよう申込まれ、時価よりやや高額であると思いながらも、その申出どおりの価格で買受けたのであり、当時島谷は相当な邸宅に居住し、羽振りよくやっていたので、同人が負債のため困惑しているというようなことは全く知らなかのである。」と述べ(た。)証拠≪省略≫

理由

第一、原告の訴のうち、「昭和三十八年十月二十三日、島谷栄二郎と被告山根間に結ばれた別紙物件目録記載の各土地の売買契約は、これを否認する。」との判決を求める部分について、

破産法第七十六条が、訴によるのみでなく、抗弁によっても否認権を行使することを認めていることからすると、訴によって否認権を行使する場合においても、否認の対象たる行為を「否認する」との宣言をする判決を求める必要はなく、否認権行使の結果たる権利関係に基く、給付判決、または確認判決を求めれば足りると解するのが相当である。したがって、本件訴のうち、前掲記の部分は不適法である。

第二、原告の右第一掲記の部分を除く、その余の訴について

(一)、≪証拠省略≫によると、昭和三十九年十一月十四日午前十時、東京地方裁判所によって島谷栄二郎に対する破産宣告がなされ、同時に原告がその破産管財人に選任されたことが認められる。

(二)、昭和三十八年十月二十三日、島谷栄二郎と被告山根間に、島谷所有の本件土地を被告山根に売渡すという契約が成立したことは、当事者間に争いがない。

(三)、≪証拠省略≫を合わせて考えると、次の事実が認められる。

昭和三十七年十一月頃、金融業を営んでいた島谷が、当時休業中の会社の株式の過半数を入手したうえ、その商号を日本プロタイプ製版印刷株式会社と、その目的をプロタイプ印刷業と、それぞれ変更し、右会社の代表取締役となって、その経営に当るようになった。昭和三十八年二月頃、金融会社を営み、数年前から島谷と知合っていた被告山根が、島谷から日本プロタイプの営業資金に充てるため二百万円の信用申込みを受け、妻山根とし子をして島谷に二百万円を貸付けさせることとし、とし子を代理して、島谷との間で、本件土地についてとし子の為に被担保債権元本極度額を二百万円、遅延損害金を日歩五銭の割合とする共同根抵当権を設定して、二百万円を貸付けることを約した。同年三月十四日、本件土地について順位一番の右根抵当権の設定登記を経由したうえで、元本二百万円のうち五十万円は、貸付の翌月から毎月十万円宛五回に分割して、元本残額百五十万円は概ね一年後に、それぞれ弁済する、利息は月二分七、八厘ないし三分の割合、と定め、一箇月分の利息を天引した百九十数万円余が、山根とし子の貸付金として島谷に交付された。島谷は右借受金の弁済として十万円宛二回計二十万円および利息数回を略約定どおり支払ったが、その後元本の弁済、利息の支払いをしなかったため、山根とし子から弁済を請求され、本件土地を代物弁済として譲渡することを申入れたが、同人からこれを拒絶されたので、島谷、被告山根、山根とし子の三者間で、島谷の山根とし子に対する前記借受金債務元本残額百八十万円の弁済資金調達のため、島谷は本件土地を被告山根に売渡し、被告山根は島谷に支払うべき右買受代金を、島谷の山根とし子に対する借受金債務の弁済として山根とし子に交付するという合意がなされ、右合意に基いて、昭和三十八年十月二十三日、島谷から被告山根に対して、代金百八十万円で本件土地が売渡され、同日本件土地について別紙登記目録(一)記載の登記がなされ、同月二十四日をもって、山根とし子の島谷に対する前記貸金残額百八十万円は弁済により消滅したものとされた。島谷から被告山根に本件土地が売渡された当時、島谷には、本件土地のほかにはその所有名義の不動産は何もなく、また、不動産以外の特段の資産もなく、他方、前記の日本プロタイプの営業資金に充てるために、島谷個人として借受けた借受金債務、および日本プロタイプの借受金の連帯保証債務等の合計は一千万円以上あり、また、日本プロタイプもその借受金債務のみでも千二、三百万円あるのに対して、資産としては、営業用のタイプライター四十台余のほかには殆んど何もなく、支払不能の状態にあった。

右のように認められる。前掲記の甲第四号証の一には、日本プロタイプが被告山根に対して、昭和三十八年八月三十一日現在で百八十万円の借受金債務を負担している旨の記載が、甲第六、八号証には、昭和三十八年三月頃、島谷が被告山根から二百万円を借受け、同年十月頃、本件土地を右借受金債務の代物弁済に充た旨の島谷の陳述の各記載がある。しかし、≪証拠省略≫のうち右認定にそう部分に照らして考えると、右各甲号証の記載は、右認定を覆すに足らないし、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実によると、本件土地が島谷から被告山根に売渡された当時、島谷は支払不能の状態にあったものであり、かつ本件土地は島谷の殆んど唯一の資産であったが、右売渡しは、本件土地について抵当権を有する山根とし子に対する被担保債権弁済のためになされたものであり、かつこれにより被担保債権全額が弁済されたことになったのであるから、右売渡し当時の本件土地の価格が、売買代金額たる百八十万円、および山根とし子が有していた抵当権の被担保債権額を超過するものであったのでなければ、右売渡しをもって、島谷の他の債権者を害するものということはできないと解すべきところ、本件土地の右売渡し当時の価格が、右のようなものであったことを認めるべき証拠は何もないから、島谷から被告山根に対する本件土地の売買をもって、島谷に対する他の債権者を害する行為であるということはできない。

してみると、他の点について判断するまでもなく、島谷と被告山根間の本件土地売買契約、および被告山根と被告組合間の本件土地についての根抵当権設定契約、停止条件付代物弁済契約、停止条件付賃貸借契約をそれぞれ否認したことを理由として、別紙登記目録記載の各登記について否認登記を求める原告の請求はいずれも理由がない。(原告はその請求の趣旨として、別紙登記目録記載の各登記の抹消登記を求める旨掲記しているが、これは訴によって否認権を行使した場合に、如何なる判決を求めるべきかについて判例、学説等上明確にされていなかったことに因るものであって、その真意は、否認権行使の結果に相応する登記を求める趣旨であると解するのが相当である)

(四)、原告は、島谷と被告山根間の本件土地売買契約は通謀虚偽表示であるから無効であり、したがって、被告島谷と被告組合間の本件土地についてなされた根抵当権設定契約等も無効であると主張するが、島谷と被告山根間の本件土地売買契約が通謀虚偽表示であることを認めるに足りる証拠はなく、却って、右両者間の本件土地売買契約が真意に因るものと認められることは前記のとおりである。

してみると、右主張を理由として別紙登記目録(二)の(1)ないし(3)記載の各登記の抹消登記を求める原告の被告組合に対する予備的請求も理由がない。

結論

以上のとおりであるから、本件訴のうち前記第一掲記の部分を却下し、被告山根に対するその余の請求、および被告組合に対する主位的請求、予備的請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 寺井忠)

〈以下省略〉

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